統計学では検定を理解する前に「推定」について理解する必要があります。ある一定の実験誤差を加味した「推定」した値から外れるから「5%の危険率で有意な差がある。」と判断(検定)できるからね。(今は何言ってるか分からないかもだけど、詳しくは検定の記事で説明します。)
身近な推定値としては、採血したときに示される基準値(基準範囲)がありますね。
職場検診等で採血結果を見て一喜一憂している方、多いですよね。世の中の殆どの方が「異常値が無かった」😆と、ホッとしているのでは? 我々医師から言わせると、職場検診の内容は、生活習慣病予備軍の発見には少しは役立つ程度で、皆さんが期待している「難病」「がん」のスクリーニングには、殆ど役立ってないんです。(ほんの少しは役立つけど)
どの項目にどんな意味があり、いわゆる「データが異常である」ことの意味を知る事、命に係わる病気の早期発見に、何故、職場検診の内容だけではあまり役立たないのかを知ることは重要だと思います。よく言われるのが、「定期的に医者にかかってたのに、癌になった」「私は酒もタバコもやらないのに、何で癌になるの?」みたいなクレームです。医師はその言葉を聞くと辛いです。だって生活習慣病と癌の関連は殆ど無いからです。(ちょっとは悪影響を与えるけどね。)
ちなみに癌は「がん検診」で行う「画像検査」や特殊な腫瘍マーカー等によって、その可能性を疑います。でも、それも全ての癌がわかるわけではなく、画像検査も今はまだ専門医が「見た目(直感)」で判断しているレベルです。微小な癌は見えません。今後、AIによる画像スクリーニングが盛んに研究されており、いくつか実用化されつつありますが、まだまだこれからですね。
またこの「腫瘍マーカー」って言葉も曲者でね・・・・。不安を煽ってすみません。😓
でも冷静に考えて!完璧な検査方法があったら、医師は100%癌やその他の難病にはかからないですよ。そんなことないでしょ。😅
ということで、今回は、この「基準値」を深堀りしていきます!!!
そもそも基準値は、どのようにして決められているのか
実は、各検査項目の値は、民族、性別、年齢、個人によって、大きなバラつきがあります。何らかの基準値を設けないと、見落としに繋がります。だから一応、「ほぼ健常な方の値の平均値は、95%位の確率で、この範囲に入る」っていう基準範囲が示されています。
「健康な人」とは何か? これは本当に永遠の課題かもね。
現在、主要な検査項目(良くやる検査項目)の基準値は、日本臨床検査標準協議会(JCCLS)の基準範囲共用化委員会によって「共用基準範囲」ガイドラインによって定められています。皆さんが採血等の検査結果項目の右側に記載されている範囲は、大抵、この「共用基準範囲」です。
この記事の図表は、JCCLSのガイドランから抜粋しています。
この範囲内なら病気ではないという意味ではありません。【ここが重要】
この記事を順に読んできて下さった方は「T分布の成り立ち」を理解したので、この難解な共用基準範囲について理解可能です。
共用基準範囲のサンプリング方法
以降は、ガイドラインを引用して説明します。
「2005年に国際臨床化学連合(IFCC)に、「基準範囲判断値専門委員会」が設置され、その企画として2009年にアジア地域で共用可能な基準範囲の設定を目指した大規模な調査が実施された。主要 72 検査を対象とし、生化学検査値は全て標準品で値の校正が行われた。日本からは約2000名の参加があった。同じ頃、日本臨床衛生検査技師会、および福岡県の5病院会 [5]により同様の多施設共同調査が実施された。これら3調査が対象とした健常者の選別基準は、ほぼ同じであったことから、国内で標準化の達成されたものを中心に頻用される 40 検査項目について、3調査のデータを統合し、日本国内で共通に利用可能な基準範囲の設定に取り組んだ」
と言うことでした。2005年の大規模調査の結果なんですね~。
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何と、医療従事者のデータが主みたいです。医療従事者って健康な人なんか?😆
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そもそも「健康な人」を選別する基準も必要ですよね。ガイドラインから引用すると、
「上記3プロジェクトでは、いずれも自分で健康と自覚する医療従事者を主な対象とし、次の6つの除外基準に該当しないものを基準個体の候
補者として募集が行われた。
1) BMI≧28
2) 飲酒量(エタノール換算)≧75g/日
3) 喫煙>20 本/日
4) 定期的な薬物治療
5) 妊娠中または分娩後1年以内
6) 術後、急性疾患で入院後2週以内
7) HBV, HCV, HIV のキャリア
この基準は、ある程度の肥満を許容し、飲酒や喫煙習慣にも大きな制限を設けておらず、一般には緩い基準と考えられる。しかし 4) の定期的な通院治療を受けている個体を除外した部分が、厳しい基準になっている。一方、健康と自覚していても、潜在病態として頻度の高い、代謝症候群、軽症糖尿病、貧血、アレルギー性疾患などであるが、これらに対しては、測定後に検査項目毎に二次除外基準を設けることとした。
実際上、あまりに厳格な基準で募集すると、一次研究として基準範囲の設定調査を実施することは極めて困難となる。」
だそうです。そりゃそうだ!😅
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バラつきの多いデータから、どのようにして共用基準範囲が決められているか(ここは難解です)
ここからT分布の登場です。限られたサンプルから、95%の確率で真の平均値が存在する範囲(95%信頼区間)を求めたわけですね。
ところが、この作業はとても難航したようです。民族差・男女差・年齢差・個体差があるからです。
また、歪んだデータは正規分布するよう補正しています。T分布は母集団が正規分布していることが条件なので。
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かなり強引というか、、こうせざるを得ないですよね。
一応、年齢と性別については、基準を設けて基準範囲を分けて表示しているものもあります。「男なら基準範囲内だけど、女なら範囲外」みたいなのも幾つかありますよね。
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臨床診断で用いられる「臨床診断値(カットオフ値)」とは
今まで述べたように、基準範囲はかなり緩い範囲です。我々臨床医は、基準範囲内であっても、臨床的には異常と判断することがあります。このカットオフ値は、各専門医の頭の中にあります。
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結局、ありとあらゆる情報や検査(採血・組織・画像検査等)を駆使して病気を類推するしかない。
基準範囲は、あくまでも見落とししないための目安的な扱いです。
臨床医は診療症状や所見、画像診断、カットオフ値、年齢、個体差、既往歴、家族歴等を総合的に判断して、病気か否かを判断しています。
主要採血項目の意味(事例)
例えば「AST(旧GOT)」や「LDH」は、あらゆる細胞内にある物質なので、これが高いと「何か細胞が壊れてる。溶血の可能性もある。個体差の可能性もある」的な感じです。場合によっては、アイソザイムといって、どの臓器由来か、まで追加検査することもあります。
「ALT(旧GPT)」は、主に肝臓に多いので、ASTとALTの値の比較によって、肝障害の可能性を考えます。
「クレアチニン」は、筋肉で作られる物質なので、女性よりも男性、高齢者よりも若者、特にスポーツマンでは異常に高いです。腎臓から排泄させる物質なので、腎機能が悪いと高くなる傾向があります。
腎機能を示すCCr(クレアチニンクリアランス)は、本来、血中クレアチニン、尿中クレアチニン、尿量等のデータが必要ですが、畜尿するのは大変です。だから簡易的に計算するeGFRという式があります。この値は、年齢、性別、クレアチニン、身長、体重、民族によって計算式が決まってます。以下にCockcroft-Gaultの式と、日本人用補正eGFRの式を示します。
筋肉量が明らかに多そうな方の場合は、シスタチンCという物質で計算して判断したりします。 臨床診断とは、かくも複雑なのですよ。

画像検査「PET検査」って、何を見ているのか
多くはFDG-PETといって、「ブドウ糖を沢山使っている細胞を見つける検査」です。ブドウ糖に放射性物質をくっつけて、注射して、1時間ぐらい安静にしてもらってから検査しますよね。がん細胞は、どんどん増殖するので、ブドウ糖等をバリバリ食うんです。でも、かなり画質が荒いので、ある程度大きくならないとホットスポットを見つけるのは難しいです。
因みに脳はとてもブドウ糖を沢山使うので、脳腫瘍はFDG-PETでは診断できません。(詳しくは省略)
がん細胞とは何か。腫瘍マーカーとは何か。
がん細胞とは、元々は、あなた自身の細胞で、様々な理由で、増殖するのが止まらなくなった細胞です。だから、正常な細胞と、がん細胞を見分けるのは、なかなか困難です。
誰が「腫瘍マーカー」なんて、誤解を招きそうな名前を付けたんでしょうねぇ。確かに幾つかの腫瘍マーカーには診断に有用なものもあります。
例えば「PSA」は、前立腺肥大でも、前立腺癌でも上がります。エコーで肥大か腫瘍かを判断する必要があります。
CEA (Carcinoembryonic Antigen) は、もともとCEAは胎児の早期の受精卵細胞に含まれる物質で、胎児の腸にみられるたんぱく質です。大腸癌だけでなく、胃癌、肺癌、乳癌などでも増加するので、CEAは、さまざまな癌を疑うきっかけになる腫瘍マーカーといえます。しかし、CEAが高いと腫瘍の発生や再発を示す可能性がありますが、単独では癌の診断にはなりません。どちらかというとCEAが高値になる頃は、既に癌が進行している可能性が高いですね。画像診断や家族歴等を含めた総合判断が必須です。
実は一番大事なのは、各個人の過去の検査結果や病歴・家族歴・本人の症状経過です!!
以上、述べてきたように、他人の検査結果から統計学的に導き出された基準範囲は、かなりザックリと決められてるものなんです。
繰り返しますが、この範囲だから大丈夫(病気ではない)とは、とても言えない代物なんですね。
臨床診断とは、とても困難でプロフェッショナルな知識と経験が必須であることが理解してもらえたでしょうか。
個体差が大きいので、このような基準範囲で比較するのではなく、定期的に画像検査や採血検査を行い、過去の自分のデータと比較して、その差を確認するのが一番大事なことだと思ってます。また、自分の血縁者や先祖がどのような病気にかかったか、情報を集めておくことも重要ですね。それでも診断が難しいものが沢山あります。
AIの活用も含めて、医学はもっと進歩すべきですよね!